2006年8月26日 (土)

出目王(デメキング)・・・5

階段を上りきってあたりを見回した。
雨はさっきよりも激しくなっていて、10メートル先も見えない。
瑞穂の姿も。

(どこに消えた・・・?)

地下への入り口にぼーっと立ち尽くす相沢を、たくさんの人が迷惑そうな目で階段を降りていく。
「兄ちゃんそこ邪魔やで!」
目の前に現れた大きなトラに言われて我に返った。
いやよく見たら言ったのはトラじゃなく、
リアルなトラが描かれたTシャツに黒いスパッツを着たオバちゃんだった。
ちょっと恥ずかしい気持ちになり、オバちゃんを無視して小走りで階段を下りた。
瑞穂の言葉を思い出しながら。

『・・・・・私なぁ・・・、死んでもうてん。』

(どういう意味なんや・・・?さっきのは幽霊なんか?いやまさか?脳死なったとか・・・?ちゃうやろな。なんの病気したかしらんけどけっこう元気そうやったな。そやけどなんでアイツがお笑いなんか?めっちゃ普通の子やったのに?)
数年ぶりに現れた瑞穂はナゾだらけであった。
「・・・まあええか。これから毎日養成所で会えるんやし。」


家に帰って、何か食べようと冷蔵庫を開けているとオカンが寄ってきた。
オカンは相沢の友達からは影で”グッチ”と呼ばれている。
顔がグッチ裕三に似ているからだ。
「アンタ、どうやった?」
「なにがやねん。」
「なにがて入学式やん。アンタ売れそうか?」
「入学式でそんなんわかるか!」
「今のうちにサインもろとかなあかんな。」
「うっさいんじゃ!むこう行け!」
これ以上オカンと喋りたくなくて、目の前にあった大福とコーラを取ってさっさと自分の部屋に入った。
(本物はおもしろいのになあ。似てるだけじゃあかんねんなあ。
俺あんなんの遺伝子で漫才できるんやろか。
あ、俺はツッコミしたらええか。はよおもろい相方見つけよ・・・・・・。)


♪♪♪こっいはサ~フィン! なっついろにイェ~イェ~! ひっかりよ~♪♪♪

(あれ!?今何時や!?)
いつの間に眠ってしまったのか、目覚めたときには大音量でタッキー&翼の着うたが鳴っていた。


『出目王』・・・5  杉岡みどり


| | コメント (727) | トラックバック (73)

2006年8月22日 (火)

出目王(デメキング)・・・4

「ひさしぶりやのぉ。」と相沢。
「だよね。」とイタズラっぽく笑ってみせる竹下瑞穂。
「お前、その関東弁なんとかならんか?」
「だって・・・。」

「お前、生まれは何処やねん?」
「神田の生まれよ。」
「『おっ、江戸っ子だねぇ!』って返すか!ボケッ!お前もバリバリの姫路やないかい。」
「今のノリツッコミ?」
「お前は知らんやろうけどなぁ。世の中には色んなのりもんがあんねん。その上にまだ、 そんなんええねん。」

急ぎ足の相々傘で2人。離れていた時間などなかったような会話。
「相沢君って、昔から芸能界に憧れてたもんね。」
「まあな。・・・・・そやけどお前。  転校してちょっとしてから、なんでメールくれへんようになってん?」
「・・・・・。」
ミナミの地下街に入る所まであと少し。

「なんでお前がお笑いの養成所なんかにはいんねん?」半歩下がって傘を差し出しつつ歩く竹下瑞穂は答えに窮してるのか雨を気にしてるのか困ったような表情。
地下街に下りる階段に入った。雨をよける為か狭い階段に、後から後から人が入ってくる。

「栗原が言うてたけど、なんか、お前、ややこしい病気にかかったんやろ?」
後ろで傘をたたむ気配がない。

「そうや。 ・・・・・私なぁ・・・、死んでもうてん。」
人を押しのけダッシュで階段を上りながら叫ぶ。 「瑞穂! ちょっ・・・。 瑞穂!」


『出目王』・・・4 ティーアップ前田

| | コメント (1888) | トラックバック (197)

2006年8月14日 (月)

出目王(デメキング)・・・2

(尼は尼やんけ。なんかひとつひとつムカつくやっちゃなあ・・・。こんなアホの歯抜け、絶対女から人気出えへんわ。)

自分が女から人気が出る保障などないのにそんなことを思った相沢は、それ以上喋る気が失せて黙った。
歯抜けも黙っていた。
その時、ちょうどオッサンの長いあいさつが終わり、かわりにさっきのオッサンより10才ぐらい若そうなオッサンが登場した。

(ん?なんか見たことあるようなオッサンやなあ・・・?誰や?)

すると歯抜けがうれしそうに喋りかけてきた。
「あれオドルが捕まったとき記者会見してた人やんな!」

言われてみれば、2年ほど前にベテラン漫才師『山川ハシル・オドル』のオドルが暴行事件で捕まったときにワイドショーで謝っていた人物だった。
東京での仕事を終えた『山川オドル』は新幹線で移動中に好物のみたらし団子が食べたくなり、
車内販売の女性に「オイねえちゃん!みたらし団子なんぼや!」と聞いたが、
新幹線では販売していないうえ「あべ川もちでしたらございますが」といわれたことに腹を立て女性に暴行を加えたという。
同じ車両に乗っていた複数の客が「モチと団子を一緒にすな!」との怒鳴り声を聞いたとインタビューにこたえていた。

相沢はこのタレント養成所を受けてから初めて『テレビで見たことある人』を見て、ようやく
(オレはテレビの世界に入ったんや)
と実感できた気がした。
さっきのオッサンは普通のオッサンに見えたので話を聞く気にならなかったが、こんどは全ての入学者が思ったようだった。
「この人の話は聞いとこう」と。


『出目王(デメキング)』・・・・・・杉岡みどり

| | コメント (238) | トラックバック (161)

2006年8月12日 (土)

出目王(デメキング)・・・1

4月1日。お笑いタレントが多数在籍する某タレント事務所のタレント養成所入学式当日。
相沢拓哉は漠然と芸能界に憧れてはいたが己の容姿を考えると男性アイドルには到底なることは無理と考え今のお笑いブームに乗りさえすれば世の中を渡っていけると思っていた。

前で話すおっさんの話に飽きだした。周りに目をやり(ようさんおるけど、もっさいヤツばっかりやのぉ。)
偶然右隣に居合わせた野郎に小さい声で話しかけた。「なあ、ジブンどっから来たん?」
「えっ?俺か?」と、こちらに顔を向けたそいつには前歯が1本ない。(お前に話しかけてねんから、お前に決まってるやんけ。 で、なんやこいつ歯あれへんやんけ。 多分アホやな。)

「ジブンはどっから来たん?」と相沢の耳元に口を近づけ訊き返す歯抜け。
「違うがな。俺から訊いてんねん。」
「普通は自分から言うんとちゃうんか?」
(細かいヤツっちゃな。)「俺は姫路や。ジブンは?」と相沢。
「姫路か・・・。遠いな。」と言ってから顔を前に。

「・・・・(この歯抜けは、ほんまに。)あのな、お前はどっから来てんねんって訊いてんねん。」
「あぁ、俺か?」
「お前や。」
「俺は武庫之荘や。」
「なんや、尼(尼崎)か?」
「尼って言うな。」


『出目王(デメキング』・・・・・ティーアップ前田

| | コメント (1239) | トラックバック (63)

2006年7月10日 (月)

沈まぬ携帯・・・30

出会い系サイトからの返信。「おっ?キタんちゃうん!」と出先で携帯をチェックする二宮。
内容は「いくら、お小遣いいただけますか?」「ちなみに倖田來未に似てると言われます。」
(小遣い?何ぬかしとんねん。俺はそんなん求めてないねん。な~にが倖田來未や。ただ太いだけやろう。)

会社の一年後輩に電話するきつこ。「なぁ、今日空いてる?」「はぁ・・・。どうしたんですか?」「おいしいケーキ屋さん見つけたから、そこのケーキ買って部屋に行っていいやんな?」「え~と・・・。」「なに?予定あんの?」「い、いえ。待ってます。」

「わぁ!カワイイ。」とケーキを見るなり喜ぶ後輩の子。「そやろ~。見た目だけとちゃうねんで。」「紅茶でいいですか?」「うん。」一口食べて「あ!ほんまにおいしい!」「でなぁ、ちょっと聞いてくれる・・・。」「はい。」「なんか、三角関係みたいになってもうてなぁ・・・。私フラレんねん。」「え、えぇ?」 太郎、麻、きつこの間にあったことを努めて愚痴っぽくなく話すきつこ。「でも、それって松岡さんらしくないですね。」「そう思う?」「白黒ハッキリさせないんですか?」「・・・植木君とはもう会えへんよ。でも、グレーでおいとく関係も必要やん。」「そうなんですか?」「・・・・・。」(麻とはこれからも友達やもん。・・・ちょっと時間がたったら、私から連絡しよう。)「この部屋、見晴らしいいなぁ。」
「えぇ。・・・まぁ。」

「な~んか、今日は腹立つぐらいに晴れてるよね。」

観戦中、いつの間にかの入道雲。照りつける太陽。
9回2アウト2、3塁。一打逆転。太郎の母校の攻撃。
喉も裂けよと声援を送るベンチ入り出来なかった後輩達。女子生徒は胸の前で両手を組み祈るようにうつむき
涙ぐんでいる。

「なぁ・・・。付き合ってくれへんか?」と太郎。麻の顔も見ずに。
驚き、太郎の横顔を見つめる麻。
「・・・・・。」
「きつこちゃんのことは、ちゃんとするから。・・・・・付き合ってほしい。」
カキィーンッと金属音。どよめく球場。
聞き逃しそうな麻の声を太郎はハッキリ聞いた。
「・・・・・はい。」

『沈まぬ携帯』・・・30 ティーアップ前田


とうとう最終話になってしまいました。コメントをくれた方、ランキングバナーをクリックしてくれた方ありがとうございました。オフ会は一応7月18日(火)20時30分から、うめだ花月上の「和民」で行う予定です。予約をいれたいので参加の方、すいませんがもう一度コメントを入れてください。当日は全30話をプリントアウトしてお配りします。
5ヶ月もの間、兵動、清水さんお疲れさんでした。楽しかったよ。ありがとう。応援していただいた皆様にも
感謝です。ありがとう。

| | コメント (486) | トラックバック (135)

2006年7月 3日 (月)

沈まぬ携帯・・・29

太郎は麻とのデートに、どこに行こうか考えた。
麻が以前、行きたいとメールしてくれた
『名探偵コナン~沈まぬ携帯~』はとっくに終了してしまっていた。

理由はどうあれ、女の子が勇気を出して誘ってくれたデートを軽く流してしまった俺って、本当に失礼でどうしようもない男だったと後悔した。
今度のデートでは、仕事を頑張ってる麻に優しくしてあげたい。金曜日の晩、太郎は麻にメールを送った。

『日曜日、どっか行きたいとこある? どこでも連れて行くで。コナン終わってしまってゴメンな』
『どこでもいいですよ。植木君の行きたいところは?』

(俺の行きたいところか~)
実はその日曜日、太郎には行きたいところがあった。
でもそこは、初デートで女の子と行くような場所では決してなかった。
しかし麻ならなんとなく、イヤな顔せず一緒に付き合ってくれる気がしたので、こう返してみた。

『ホンマにどこでもええの? だからと言ってこの暑い中、俺の母校の高校野球の試合観戦なんかイヤやんな?』

『アリですね。私、大の巨人ファンだった祖父と一緒に野球ばっかり見てたから、野球好きですよ。それに久々に、そういう青春っぽいもの観てみたいかも。』

即答してくれた麻が、嬉しかった。
太郎が今まで付き合ってきた女の子の中には、こういう反応をしてくれる子はいなかった。

この夏、太郎の母校は初戦から、あのPM学園と当たるのだった。
この対戦を新聞を見て知ったとき、なぜだか久々に応援に行きたくてたまらなくなった。日曜がちょうどその試合の日だった。


初めてのデートに車でってのもどうかと思ったが、球場が舞洲という不便なところだったので、麻の同意を得て、愛車で麻の最寄り駅まで迎えに行った。

麻が着てきた小花柄の半袖のシャツと白い帽子が、夏らしくて眩しかった。
舞洲までの約1時間のドライブは、すれ違いばかりだった2人の気まずさを埋めるのに、ちょうど良かった。改まって向かい合って話すより、お互いの表情が見えない方がしゃべりやすかった。

球場に入った2人は、母校側の応援席の上部の、影になってる場所に座った。
太郎は試合が始まるまで、高校時代の野球生活の思い出なんかを麻に話した。
麻も嬉しそうに、その話を聞いてくれた。

しかしプレイボールのサイレンが鳴ると、太郎は急に黙り込んだ。
10年ぶりに見る生の高校野球を見て、忘れていたいろんな感情が込み上げてきていた。

(俺もこんなに純粋に野球に打ち込んでた時期があったんやな……。
今は仕事の後に飲みに行くかコンパに行くことだけが楽しみで、こんなに何かに夢中になることって、忘れてたなぁ)

チェンジの間にお菓子を渡してくれた麻にハッとして、こう言った。
「あ、俺、必死で見てて黙っててごめんな。自分から誘っといて、勝手に自分の世界に入ってたわ」
「全然っ。私も自分の学生時代の部活のこととか思い出して、しみじみしてたから」
「ほんま? でも二宮とかやったら女の子を楽しませられるんやろうけど、俺そういうことに気が回らなくてなぁ」
「なんで二宮さん? 逆に今、二宮さんみたいによくしゃべる人に横にいられたらちょっとイヤやわ」
麻は二宮に申し訳ないというカンジの表情で、ちょっと笑った。

太郎は、自分と同じことに感動してくれる麻を、そして、素の自分を受け入れてくれそうな麻を温かい気持ちで見つめていた。

『沈まぬ携帯…29』 清水亜希


-----------------------
今回で私の番が終了しました。
ずっとお礼が言いたかったのですが、今まで読んでくれた方々、私にまでコメントを丁寧に書いてくださった皆様、本当にありがとうございました! 密かにコメントを参考にさせて頂いたりしておりました。
皆様に会えるオフ会が、今からとても楽しみです。お1人様でもお気軽にお越しいただけたらと思います。引き続き、参加ご希望の方はコメント欄にエントリーをお願いいたします。
では、最後の前田さん、ヨロシクお願い致します!

| | コメント (613) | トラックバック (346)

2006年6月13日 (火)

沈まぬ携帯・・・27

中之島のS病院。親戚の叔父に見舞いに行ったが麻を見つけることが出来ない。
今日は休みなのか・・・。総合案内で尋ねてみようと廊下を曲がると麻らしき看護師が前を歩いてる。

「あの・・・。松下さん。」
「はい。」振り向いた麻は驚いたように目を見開いている。
「・・・どうしたんですか?」
「いや、親戚のおっちゃんがここに入院してんねん。見舞いはすんだんやけど、ジブンを探しててん。」「これ、俺の携帯の番号。」とあらかじめかいていたメモを手渡す太郎。
「・・・・・。」それを受け取ったが何も言わずに背を向け歩き出す麻。

「・・・待ってるから。」

その日から携帯を片時も離さず寝る時は枕元に置き、目覚めると着信がなかったかと携帯を開けてみるのだった。

3日後、覚えのない携帯の番号から着信。

「もしもし・・・。」
「・・・松下ですけど。」
「かけてきてくれたんや。ありがとう。」
「・・・。」
「この間は、いきなりでごめんね。」
「・・・いいえ。」
「あの、電話やったらなんか伝わりにくいから、会うことできひんかな?」
「・・・・・。」
「・・・あかんかな。」
「・・・わかりました。私の都合のいい日でもいいですか?」


『沈まぬ携帯・・・27』 ティーアップ前田

| | コメント (913) | トラックバック (447)

2006年5月24日 (水)

沈まぬ携帯・・・24

「あっ・・・二宮君のこと・・・?」
その切りかえしを少し不思議に思った麻は「ううん。違う。あの人からはメールとかないもん。なんで?」
「だってコンパ終わりでちょっとそんなこと言うてたから・・・。」
きつこはなんとなく予想できた答えを聞きたくなかったが「・・・ほな、誰のことなんよ。」

「植木君のことなんやけど・・・。」
太郎と麻のいきさつをきつこは全て知っている。そして煮え切らない間柄も。こういう会話になるのを予想していた
きつこは昨夜思い悩み、答えがでないまま、今、この場にいる。

「なぁ。きつこ。あんた、まだ植木君とメールのやり取りしてんの?」
「えっ?」
太郎のことを好きになりかけているきつこは、麻との友情も失いたくない。

言葉を選ぶより正直に話そうと決めたきつこ。
「メル友かな・・・。たまにご飯食べに行くけど。」つとめて明るく「でも、向こうの奢りやで。」

「・・・メル友以上やん。」
「あんたと植木君のことが心配で、そこから・・・。」順を追って説明するきつこ。
「でも、それって当事者の私が入ってないやん。2人で会う口実ちゃうの?」
「結果はそうなってるかもしれへんけど・・・ちがうよ麻。」

太郎から部屋に誘われたことだけは言わずにいた。

窓の外を見る麻。 うつむき加減のきつこ。 しばらくの沈黙。

麻はきつこの方も見ずに「なんで・・・?もっと前に言うてくれへんかったんよ・・・。」
「・・・・・・。」

にじんでくる涙を必死にこらえる麻。
「私ら・・・友達ちゃうのん・・・。」と麻は声がつまってしまうのが口惜しい。

「ちょっと考えたいから。」席を立つ麻。
「ちょっと・・・麻・・・。」立ち去る麻の背に声をかけれない。

一人テーブルでうつむき涙が自然に。
(麻・・・。なぁ・・・。麻・・・。私はあんたのことが心配で・・・。あんたの気持ちを確かめたくて・・・。)
(・・・太郎君の部屋に行かへんかってんで・・・。)

「沈まぬ携帯24」・・・ティーアップ前田

| | コメント (461) | トラックバック (346)

2006年5月 9日 (火)

沈まぬ携帯・・・21

きつことお茶したその日から、なんとなく2人で会う日ができた。約束をするというのでもなく「今日、何してんの?用事なかったら仕事終わりでメシでもどうかな?」とメールを送る太郎。「いいけど、当然奢りやろな?」と返信するきつこ。

「お前、その言葉使いなんとかならんか?」
「お嫌いですか?」
「お好きです。」
そんなメールのやりとりの後に会うと2人とも二宮、麻の話をなんとなく避けていた。

2人だけで何度目かの夕食のある日。2軒目できつこはいつもより酔っていた。
「太郎君てなぁ。ほんまは麻のことが気になってんのとちゃうん?」
「そんなことないよ。」
「そうかなぁ。あの子、いい子やねんで。」「あっ、もうこんな時間。帰らな。」ときつこ。
「・・・そうやな。」

お勘定をする太郎を店の外で待っていた。小雨が降ったのか路面が濡れている。小さな水溜りにネオンや街灯が鈍く映っている。
知らず知らずのうちにうつむいてきつこは太郎を待っていた。
「ご馳走様でした。」「ええよ。」

駅に近づくにつれて人が多くなってきた。言葉を交わさない2人。
(何故、寂しいんだろう・・・。)

立ち止まりきつこの目を見つめる太郎。
「・・・なぁ。俺の部屋で飲みなおさへんか。」


「沈まぬ携帯」・・・ティーアップ前田。


| | コメント (777) | トラックバック (143)

2006年5月 5日 (金)

沈まぬ携帯・・・20

メールを送信した麻は、自転車に乗って病院を出た。
なんとも言えず、すがすがしい気分だった。
ウジウジしてた自分から、やっと一歩外へ踏み出せた気がした。

(吉村さんの言うとおりやわ。自分の正直な気持ちを伝えるって気持ちいい~)

いつもはそんなスタイルは好まないのだが、今日はカバンを斜めがけにしてアクティブな感じで自転車をこいだ。カバンに入っている携帯の、太郎からの返信のバイブにスグに気づきたいからだった。

「あ、鳴った!」
あわてて自転車を止め、カバンの中の携帯を取り出した。
そこには無情にも、さっきから5分と経っていない時計が大きく表示されてるだけだった。

(あ、レザーのカバンがきしんだだけやったんやわ……)
麻は照れながら携帯を再びカバンにしまい、またこぎ出した。
そして、冷静な麻らしくもなく、その同じ失敗を何回か繰り返した。

今度こそカバンをとおして、今までのとは違うしっかりとした振動を右の腰に感じた。
(う、来ちゃった。はぁ~見るのこわーい)
楽しみ6割、不安4割で携帯を開いた。
送信は、やはり太郎からだった。

『仕事忙しかったら無理せんでいいよ。仕事頑張ってな。
追伸:二宮って覚えてる? アイツが君のこと気に入ってたで!』


きつこに、悪意なんてなかった。
太郎とお茶した、あの日のことだ―――――。

太郎から、「麻を映画に誘ったけど、忙しいから断られた」と聞かされた。
「うん。あの子、仕事ほんまに大変みたい。
コンパの日も、乗り気じゃない麻を強引に連れ出したのは私やし」
(せっかく会えたのに麻の話か)って少しふてくされながらも、きつこはありのままそう答えた。

「ふうん、ほんまに大変やねんな。オレ、やんわり断られてんのかと思ったわ」
太郎は少し嬉しそうな顔をして、持っていたタバコの灰を灰皿に落とした。
きつこは、太郎のその均整のとれた指に見とれていた。

「あっでもね、コンパが終わった日の帰りは、麻は二宮さんがいいって言ってたような気がする…」
きつこは申し訳なさそうに、しかし目は太郎の表情を鋭く監視しながら、そう言った。
実際、そうだったのだ。コンパの帰り、きつこは麻に「ねぇ、誰か気に入った人いたぁ?」と聞いた。
麻は、「う~ん、二宮さんがおもしろかったかなぁ」と答えていた。

「えっそうなん? やっぱりオレ、遠まわしに断られてますやんっ」
太郎は笑って受け流したが、ひそかにショックを受けていた。
(二宮か~そうか~……。アイツのことスッカリ忘れてたわ)
そう言えばコンパの後、二宮も「あん中やったら、松下って子が気になる」と言っていた。

太郎の「二宮コンプレックス」がまた顔を出した。
まさか10年前の「ちとせの理沙事件」を、まだ根に持ってるわけではない。
しかしあの頃から、本気でぶつかって後で傷つくのがイヤで、どちらかと言うと受け身な恋愛ばかりしてきたのも事実だ。

太郎は高校時代から、二宮を羨ましく思っていた。ヤツは野球が上手くて、おもしろくて、華があった。太郎が好きになる女の子は大体、二宮を好きになった。大好きだった野球部の1つ上のマネージャーなんかもそうだった。

あえて今、二宮と一緒にコンパに行くなどという傷口に塩を塗るようなことをしているのも、この「二宮コンプレックス」を乗り越えたいからかもしれない。
そろそろ本気で「二宮ではなくオレだけをちゃんと愛してくれる、かけがえのない一人」を見つけたいと思い始めたからだった。

麻とのメールのやりとりが楽しくて、今までに無い手応えを感じて始めていた矢先に、一方的に仕事のせいで断られ、二宮を気に入っていたとまで聞かされては仕方がない。
太郎は(メール楽しかったんオレだけか)と残念に思い、「第1印象いいもん同士の2人」に良かれと思って、麻にそんな気の無いメールを送ったのだった。


『沈まぬ携帯・・・20』 清水亜希

| | コメント (672) | トラックバック (513)

その他のカテゴリー

リレー小説